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上杉鷹山に惚れました^^

歴史大好きの息子の
たっての希望で
上杉神社・上杉博物館に行きました。
(上杉の家臣、直江兼続の“愛”の兜を見るためです^^)

そこで、特別展『上杉鷹山(ようざん)の歴史』にふれました。

ものすご~く感動しました!
このために今回の旅があったのではと思うほど
深~く考えさせられたのです。

私以外の3人(パパ・娘・息子)は
日本史・世界史に関して、びっくりするほど博識。
素人に、わかりやすく解説する力も長けています、はい。

歴史に疎い私にも
優しく丁寧に講義をしてくれる、ありがた~い存在^^

さて、一体どこに感動したか
ちょこっとご紹介しますね。

鷹山はもともと宮崎の人。

母方の縁あって
米沢藩主の三女の元に婿入りをします。

というのも、上2人の娘は病弱ですでに他界。
残す三女も発達の遅れを持つ障害者。
(彼女も30歳の若さで他界し、二人の間に子どもはありませんでした)

びっくりしたのは
この時の米沢藩です。

一時は120万石もの大藩でしたが
彼が引き継いだ当時は、大変な財政難となり、なんと15万石。

ところが、武士の数は120万石時代と変わらず
借金は雪だるま式に膨れ上がる一方…(約120億円相当)

大変な状態の中
藩を立て直す責任を負うことになったのです。

この時の、彼のとった数々の政策…
そのリーダーシップ性と
裏付けられる人柄に
心から惚れ込みました。(こういう人物こそ、男の中の男です、うん)

もともと上杉家は、古い格式を重んじ、
着る・食べるなど、習慣的な行事に費用は惜しまず、お金を使う御家柄。
何をやるにも、習慣を変えず、赤字が出ても危機感がまるでない…
実際に藩の借金がいくらあるのか
藩主や財政担当者は、全く把握していなかったというのですから驚きです。

ただ、その窮状は
農民、下級武士においては切実。
希望のない過酷な労働に
絶望のあまり、とうとう逃げ出す農民も出たほど。

膨れ上がる借金に
江戸の商人からも信用を失墜。
引き継いだ鷹山自身も
もはや自己破産書を書いて
幕府に提出するか迷っていたといいます。
(幕府は、外様の米沢藩が潰れてくれることを願っていましたから)

そこで彼がとった政策がお見事なのです。

殿さまである自分が、自らクワを持ち
畑を耕し、まず農民の心を一つにします。

そして、知恵を出し
様々な殖産にチャレンジ!

紅花、藍の栽培、麻織物、地元の名品(一刀彫の人形)、絹織物…

失敗しても、失敗しても
新しいチャレンジをあきらめなかったのです。

武士の妻や娘たちにも
絹織物を継承させ

反対勢力にも屈せず
徹底した質素倹約の中に
新しい希望を見いだしていったのです。

見違えるほどの財政復興を果たしたあとも

安定した藩政をと願い
少子化対策として
5人以上子どものいる農家には手当てを奮発。

結婚あっせん(年頃になったら結婚することを推奨)や
そのために、新たに農地を与えたり…などなど。

心底、藩の行く末を案じた結果の行動力。
そこには、少しのエゴも感じられません。

これまでの常識にない、多くの人脈を築き、
誰もが彼に、尊敬の念を抱いていったのです。(なるほど…多いに納得です)

そして、自分の役割を果たし終えると
潔く、上杉家の血を引いた側室の子に
後を託したのです。

成せばなる
成さねばならぬ
何ごとも
成らぬは人の
成さぬなりけり

彼の残した言葉の重みを
ひしひしと感じるのでした。

やっぱり、温故知新は
つくづく大事です、うん!


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by educare | 2012-05-05 18:47

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